山口夢Official Blog

物書き(小説家・シナリオライター)の山口夢です。

18年前の9.11に寄せて―あの日、たまたまアメリカにいた私の、ぼんやりとした記憶―

あの日から18年、ですか。

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当時14歳だった私は、世界貿易センタービルに突っ込んだ2機が飛び立ったマサチューセッツ州・ボストンで生活をしていました。父の仕事の都合で渡米して、約1年。

3年を予定したアメリカ暮らしでした。

「goの過去形はwent」程度の英語力で渡米し、1年で向こうの中学を卒業して、高校に進学したばかりの頃だったと思います。もう18年も前の話なんで、記憶もイマイチ曖昧なんですね。

 

あの日も、ふつーに学校へ行って、ふつーに帰宅して宿題して、ふつーに寝るだけの1日になるはずでした。

 

「混乱」という言葉でしか言い表せないあの日の記憶は、私もだいぶ混乱していたようで、断片的にしか残っておりません。

「弦楽の授業が急に中止になり、音楽室でCNNのニュースを観ることになったけど、1年ぽっちの語学力じゃ、何が起きているのか分からなくてぼんやりしていた」記憶と、「(確か)技術の授業で構内放送が流れ、クラスがざわざわしていた」記憶は、どっちが先で、どっちが後だったのか。

何度思い出そうとしても、上手く思い出せないんです。

 

なんとなく状況を把握できたのは、「???」のまんま自宅へ帰り、家のテレビで、日本語の放送を観たあとのこと、でした。

それでも、その時点では、事故なのか何なのか、よく分かっていない段階だったと思います。……思います、本当に記憶が曖昧なもんで。

 

翌日の学校は大騒ぎで、「私の叔父さん、ペンタゴンアメリカ国防総省)に勤めてるの」という友達がいました。

その年の年末にニューヨークへ行った際、セントラルパーク駅の柱に貼られた、おそらくは犠牲者のご家族・関係者が作った「Missing(行方不明)」のビラのなかに、父が仕事の関係で1度食事をした、日本人の方のものも混じっていました。

 

私が毎日顔を合わせる人々をひとり挟んだ向こう側にいる誰か──体感的には、ガラス1枚を挟んだすぐそこまで、とんでもない事件が肉薄しているような、そんな気持ちになったのを覚えています。

 

それにはもうひとつ理由があって、前年のクリスマスに、私は観光で例の世界貿易センタービルを訪れているんです。

相手はテロリストのことですし、アメリカ人がもっとも浮かれている日を狙ってもまったくおかしくはなかったワケで、「私はたまたま生きている」といっても過言ではないのかもしれません。

 

とにもかくにも、あのテロで政治・経済のさまざまな状況が大きく変わり、3年だった予定を2年に繰り上げて、私は日本へ帰国しました。

あのテロさえなかったら、父が会社に交渉する余地も残っていたのかもしれず、3年を過ぎてもアメリカで暮らしていた可能性もあって、もしかしたら、私は今もアメリカにいて、まったく別の人生を歩んでいた……なんて、「if」の話も尽きないのです。

「if」の私は、一体何をして過ごしているのでしょうか。

立派なバイリンガルにはなれてるだろうけど、今ほど自由に文章を書くことはできないかもね?? どんな仕事してる?? もしかしたら結婚してたり?? 子どもだって産んでたり??

全然予想はつきませんが、それはそれで幸せなんでしょう。たぶん。

 

私は常々、私の人生は何ひとつとして間違いじゃなくて、私の作品を「好き」だと言ってくれる人がいる限り、歩んできた道はいつだって正解だと思っているけれど、

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このテロばかりは、こればっかりは、正解だったとは絶対に言えない。

 

……さて。

今日、これまでに語ってきた長々とした文章に結論をつけるとしたら、9.11のような非常に大きな事件に限らず、どんなに小さな事件だったとしても、被害者、そしてその周辺の人々、あるいは犯人の関係者だけではなく、まったくの他人に見えがちな、私のような第三者の人生をも、変え得る可能性があるということ、なのではないでしょうか。

生きているだけもちろんありがたい話だし、私は今とても幸せです。

 

でも、私は私の人生が、優しい事柄の積み重ねの上に成立していて欲しかった。

いつだって、「私の人生は大正解です」と、胸を張って言える過去がよかった。

私は何もしていないし、直接的な被害もこうむってはいない。ただ、帰国が少し早まっただけなんだけど、今にして思えば、私の人生が大きく変わったのは、間違いなくあの日でした。

 

殺人だろうが、傷害だろうが煽り運転だろうがなんだろうが、意図的に誰かを傷つけようとしている人は、今一度立ち止まって、ちゃんと考えてみて欲しい。

あなたの起こし得る未来のその先に、何十人、何百人、何千人……の人間の人生があることを。

 

私は幸せだよ。幸せだけどね。

それは、ただの結果論だよ。

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これは、17年前か、18年前の自由の女神です。

あの日じゃなくても記憶ぼんやりやんけ、というツッコミは置いといて、実家には、世界貿易センタービルの展望台から撮影した、米粒みたいな自由の女神の写真もあるはずです。

もう二度と撮れない景色になってしまいましたね。

 

たまたま生きている私に今できることは、私の人生を正解にし続けること。です。たぶん。

さあ、1本でも多くの作品を書き残していきましょう。

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