山口夢Official Blog

物書き(小説家・シナリオライター)の山口夢です。

真夏日には冷たいナイフをー川端康成『母の初恋』ー

「別れる男に、花の名を一つ教えておきなさい。花は毎年必ず咲きます」

 

怖い。

川端康成のこの名言は有名ですが、たまに川端先生の作品を読むにつけ、その感性にゾクゾクするような、一種の恐怖を覚えます。

何を見て、どう生きたらこのような感覚を得られるのだろうか。

油断して読んでいると、いきなりサッと喉元へナイフを突きつけられたような、しかも、どこに隠し持っていたのか、冷えきったナイフを突きつけられたような感じがする。

その冷たさは、文章の美しさからくるものなのだろうか。

 

で、この数日のうちに読んだ川端作品が、『母の初恋』(昭和15年)。

これ、いつもの全集に収録されている話なんですけど、

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何年かに1回本棚から引っ張り出してきて、「よし、短編でも読むか」と決意すると、無意識に『母の初恋』を選んでしまうんですよね。たぶん、タイトルに惹かれるんだと思う。

そんでもって、読むのが何年かに1回だから、毎回新鮮にぞくりとする(笑)

私、こと小説に関する記憶力だけ、異様に悪いんですよね。

職業的に、かなりどうかと思いますが(笑)

 

それはさておき。

『母の初恋』の簡単なあらすじを申しますと、「映画の脚本家・佐山が、ひょんなことから育てることになった、昔、自分を裏切った恋人の娘・雪子を嫁に出す話」です。

この物語には女性が3人登場します。

佐山の妻・時枝、昔の恋人・民子、民子の娘・雪子。

佐山も含め、女性たちも、強烈な個性を持ち合わせてはおりません。いわゆる、今ドキのキャラ立ちはしていない。

もちろん、それぞれの性質(タチ)や、置かれている境遇に違いはありますが、キャラクター同士の激しいぶつかり合いや、劇的な展開もありません。

それでも、とくに女性3人は、静かな狂気を各自胸のうちに飼っている、というのが、『母の初恋』に対する、まず素直な私の感想です。

 

これはねぇ……いつものように本文を引用してもいいんだけど、この作品に関していえば、抜粋ではなく、本編をすべて読んで欲しい。そして、私と同じぞくりを味わって欲しい。

ということで、本日はあからさまなネタバレを避けようと思います。

ただ、ラストにかけての、

 

佐山と妻・時枝が2人で車に乗っているシーン。

佐山と雪子が2人で車に乗っているシーンの、雪子による最後のセリフ。

さらに、ほんとにほんとの、しまいの1行。

 

女3人それぞれの、じわりとにじみ出るような激情、秘めたる狂気にぜひ直接触れていただきたい。

私はね、なんだかんだいって1番恐ろしいのは妻の時枝のような気がしているんだけど、いかがでしょうかね?? 読んだことのある人と、語り合ってみたいものです。

 

しかし、これだけじゃあまりにも感想文としてはお粗末なんで、物語の本筋にはほとんど関係なく、私が個人的にぞくりとした部分でも抜粋致しましょうか。

それは、映画の脚本家である佐山が、久しぶりに再会した昔の恋人・民子から「御作(おさく)はいつも拝見させていただいてますの」と、称賛された場面で、

 佐山は(※褒められたことが)意外だったが、「御作」という言葉には、さすがに赤面した。小説家の原作を脚色したものであり、それをさらに監督が演出したものである映画で、シナリオ作家の「御作」の部分が、どれもどあるだろうか。脚色にも方々から註文が出て、彼の自由ではなかった。佐山一人の「御作」であるかのように言われると、かえって皮肉に聞こえた。

──川端康成『母の初恋』

ここを読んだ瞬間、「うっ」と言葉に詰まったよね。黙って読んでたのに。

この場面に関していえば、喉元にナイフを突きつけられた程度で済むはずもなく、私は確実にナイフを胸に突き立てられました。えぐられました。痛い。

それというのも、

 

漫画は漫画家さんのおかげ。

ゲームは絵師さんや声優さん、実写モノなら実在するタレントさんのおかげ。

出版した小説も、もとはドラマCDだし、企画した方、絵師さん声優さんのおかげ。

 

たまにぼんやりしていると、私はまだ、本当の意味での「自分の作品」を持っていないような気がして虚しくなるし、吐きそうになることがあります。吐かないけど。

私自身が胸を張って「私の作品です!!」と言えるものを書けるのは、一体いつになるのかと思うと、気が遠くなって、心が折れかけることがあるのも事実です。

もしかしたら、このまんま一生納得できずに終わるのかも──……。

 

……という不安にも、容赦なく冷たいナイフを振り下ろしてくださるのが、川端先生。

40歳を過ぎた主人公・佐山が、久しぶりに映画以外の、芝居の台本を書くことになり、

ところが、これまで自分の書きなぐって来た映画の場面が、切れ切れに浮かぶばかりで、佐山は困った。【中略】

それをいくらつなぎ合わせてみても、映画の紋切型の筋が立って、自分独特という気がせず、こんなもののために、若さをすりへらして来たことが、今さら悔まれた。

──川端康成『母の初恋』

怖い。怖過ぎる。

いやね、これ思うに、佐山だって映画の仕事が楽しくて楽しくて楽しくて、与えられた仕事にも一生懸命心血注いで、プライドを持って書いてきたはずなんですよ。少なくとも、若い頃は。

私も今めちゃくちゃ楽しいし。書くの好きだし。携わってきた作品すべてを愛しているし。そこは絶対に勘違いしないで欲しくて。

それでもね、ふと、何かの拍子に過去を振り返った時、「自分は何をやってきたんだろう」って、佐山のように悔いる日が自分にも来るのかと思うと、本当に怖い。

 

そういえば、ついこの前、作家の先輩である某氏に言われたんです。

「あなたの才能をご自愛ください」

って。

これ、某氏もまた師匠と呼べる方から言われたらしいんですけど、才能は決して無限に湧いて出る泉ではなく、この世に存在するすべてのものと同じく有限であり、使えば使うほどすり減っていくんですって。

某氏も、気力・体力ともに充実していた若い頃に、来る仕事来る仕事を必死でこなし、だいぶ年齢がいってから、才能がすり減っていたことに気づいたんだそうです。

主人公・佐山とおんなじだね。

だから、良質な作品をたくさん見て聞いて読んで吸収して、自分の才能を大事に、若いうちから仕事以外の、自分が本当に書きたいと思う作品を書きなさいよ、って。そう言われました。

 

ちゃんと後悔しないように、いろんな作品を書かなきゃあね。

私の才能なんて、もとがたいした量も質もないんだし、噛み砕く直前のあめ玉よろしく、もうすでに薄っぺら~~~~くなっちゃってる可能性もあるんだから!!!

今せっせと昔の作品を読み、その表現を吸収しようとしているのも、才能の摩耗を少しでも遅らせたいがため。また、自分が本当に書きたい作品への、準備段階。

手が少しでも空いてるうちにね、いろいろ試行錯誤してるんです。

 

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毎日恒例の宣伝を挟みまして。

後半『母の初恋』まーーーったく関係のない話になっちゃったし、川端先生の面白エピソードも書きそびれました。まあ、それはまた後日。

っていうか、シナリオライターの葛藤悲哀を、原作者である小説家の川端先生が書くのって、我々の傷口に塩を塗り込める行為ですよね。やめてーーー、本物の天才ーーーって感じがする。つらい。

みんなも川端先生の作品読んで、ぞくぞくしようぞ!!!

www.yumeyamaguchi.com

お題「好きな作家」