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物書き(小説家・シナリオライター)の山口夢です。

はじめてのじてんしゃ35歳―夏目漱石『自転車日記』―


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これね、大好き。

小説を読み始めたキッカケが、もともと夏目漱石の『吾輩は猫である』で、それから夏目漱石の作品をいろいろ読むようになったんですが、この『自転車日記』はとくに好きで、一字一句漏らさず原稿用紙に書き写したくらい。

 

ジャンルはエッセイ。

 

内容はブログのタイトルどおり、ロンドンに留学中だった夏目漱石・35歳が、下宿のお婆さんに勧められ、嫌々……本当に嫌で嫌で仕方ないながら、自転車の練習をして、転んだり転んだり転んだりする、お話です。

文章からもにじみ出る、あの、変に高いプライドをこじらせている漱石先生が、

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この、立派なヒゲを生やしたイケメンの漱石先生が、今の時代じゃ5歳や6歳でも乗れる自転車に、35歳で初トライして悪戦苦闘するんですよ??(※写真は20代のもの)

 

可愛い、としか言いようがない。

 

自転車を購入した直後、同じ下宿に暮らす大塚武夫氏をともなって、さあ練習を始めようとする漱石先生。

(大塚)「どこへ行って乗ろう」

漱石)「どこだって今日初めて乗るのだからなるたけ人の通らない道の悪くない落ちても人の笑わないような所に願いたい」

──夏目漱石『自転車日記』 

自転車を買う時も、「男子たるもの女の自転車で稽古をしろとは情けない」と文句を言ったり、人に見られたくないばっかりに、練習場所にも注文をつけたり。

プライドをこじらせているねぇ、可愛いねぇ。

 

……そんな自転車初心者・漱石先生に、(たぶん)2回目の練習で坂道を下ろうと勧めるスパルタ監督官・大塚氏(笑)無茶言ってやるなよ(笑)

結果──

されども乗るはついに乗るなり、乗らざるにあらざるなり、ともかくも人間が自転車に附着しているなり、しかも一気呵成に附着しているなり、この意味において乗るべく命ぜられたる余は、疾風のごとく坂の上から転がり出す

──夏目漱石『自転車日記』 

「人間が自転車に附着している」(笑)

この表現、何度読んでも好きでしかない。誰が上手いこと言えと、ってツッコんでしまうけど、あまりに上手過ぎる表現。様子が目に見えるようだよ。

ちなみに、この日は坂を下り切った先にある板塀にぶつかって止まりました(笑)

 

また別の日、あるお宅を訪問した漱石先生。ついうっかり「近ごろ人に勧められて自転車を始めた」と口を滑らせます。

すると、「みんなで遠乗りを致しましょう」なんて話が持ち上がりました。

漱石先生、絶体絶命の大ピンチ。

 「それは面白いでしょうがしかし……」「御勉強でお忙しいでしょうがこんどの土曜ぐらいはお閑(ひま)でいらっしゃいましょう」と段々切り込んでくる、余が「しかし……」の後には必ずしも多忙が来ると限っておらない、自分ながらなんのための「しかし」だか未だに判然せざるうちにこう先を越されてはいよいよ「しかし」の納まり場がなくなる。「しかしあまり人通りの多い所ではエー……アノーまだ練れませんから」とようやく一方の活路を開くや否や「いえ、あの辺(※ウィンブルドン)の道路は実に閑静なものですよ」とすぐ通せん坊をされる、進退これ谷(きわ)まるとは啻(ただ)に自転車の上のみにてはあらざりけり、とひとりで感心をしている

──夏目漱石『自転車日記』

だから、誰が上手いこと言えと(笑)

そして、ハッキリ「まだ乗れないんで!!」とは言えないところがプライド高い~~~~~、自意識こじらせてる~~~~~、可愛い~~~~!!!(結局:笑)

 

このあとものらりくらりと言い訳を繰り返した漱石先生。

先方のご主人のほうが事情を察して「今度、私が自転車でお宅へ伺うから、一緒に散歩でもしましょう」と、気を使われてしまいました。

サイクリストに向って一所に散歩でもしましょうとはこれ如何(いかに)、彼は余を目してサイクリストたるの資格なきものと認定せるなり

──夏目漱石『自転車日記』 

内心ホッとしてるクセに!!!

はい、可愛い。

 

その後も、街で乗り回すことにチャレンジし、曲がりやすいほうの角(例:右)ばかりを曲がっていたら、右→右→右→右……で、何度も同じ場所に出ちゃったり、あわや衝突で他のサイクリストを落下させたり、逆に落下して、自転車を馬に蹴飛ばされたり。

もう散々な漱石先生。

余が廿(二十)貫目の婆さん(※=下宿のお婆さん)に降参して自転車責めに遇ってより以来、大落五度小落はその数を知らず、ある時は石垣にぶつかって向う脛(ずね)を擦りむき、ある時は立木に突き当たって生爪を剝がす、その苦戦言うばかりなし、而(しこう)してついに物にならざるなり

──夏目漱石『自転車日記』 

結局、自転車を乗りこなすには至りませんでしたと、さ。

そもそも、漱石の持病である神経衰弱を少しでも和らげるべくオススメされた自転車だったのですが、自転車をよしたあと、その反動か、症状は以前よりよっぽど悪化したようです。

ごめんね……可愛いとか言って……本人はつらいよな……分かる、分かるよ……。

でも、可愛いんだ。すごく可愛いと思っちゃうんだ……ごめん。やっぱ超可愛い(ボソッ)

 

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毎日恒例の宣伝を挟みまして。

この『自転車日記』、とても面白いんですが、句点、いわゆる「。」が異様に少なく、文の切れ目にも読点(、)を使っているため、最初のほうは読みにくいのが難点です。

しかし、これに慣れると、渋めのイケメン(35歳)が自転車から転げ落ちる話を、思う存分読むことができます。

こっちはこっちで、勝手に萌え転がりましょう。

(※う~ん、やっぱ漱石先生ほど上手いことは言えねぇや、残念無念)

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お題「好きな作家」