山口夢Official Blog

物書き(小説家・シナリオライター)の山口夢です。

【ひとり旅備忘録】即身仏を訪ねて②─山形県酒田市・鶴岡市─

昨日に引き続き、書き溜めておいた即身仏の話をリリースするワケですが……。

夕方の時点でアクセス数が「2」だったため、「いっそアクセス数の最低記録を更新してやろうじゃねぇの!」と、昨日の私は捨て鉢になり、趣味中の趣味である『即身仏を訪ねて①』をアップしたんですよ。

22時頃まではアクセス数が「5」で、「しめしめ明日のネタにできるぞ……」とほくそ笑んでいた私ではありましたが、そのあと中途半端に20人ほどの方が訪問してくださり、可もなく不可もなく、な数字を記録致しました。

逆に聞きたいんですけど、20人弱の方は、このタイトルで何故アクセスを……?(純粋に疑問)

 

ま、冗談はさておいて。『即身仏を尋ねて①』はこちらからどうぞ↓↓

blog.yumeyamaguchi.com

 

「明日のお話は面白いよ!」と壮大に煽ったことを若干後悔してなくもないですが、

今日は海回寺で聞いたお話を中心に書いていきたいと思います。

前回も掲載しましたが、山形県酒田市にある海回寺さんは、こんな感じのお寺。

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即身仏が安置されている建物は、また別になります。

 

即身仏になるための修行とは

現存する即身仏は16体あり、そのうち8体が山形県、またそのうちの6体が庄内地方に集中しています。

それもそのはず、即身仏になろう! と、決心した僧侶(の多く)が、出羽三山の1つ、湯殿山で修行をするからだそうです。

湯殿山に入った僧侶は、修行のかたわら長い時間(年単位)をかけて五穀断ち・十穀断ちをおこない、山に実る草の根や木の実だけを口にして、脂肪や筋肉を極限まで落とします。腐敗の原因になるからね。

エジプトのミイラは内臓や脳など、腐りやすい部分を取り除きますが、即身仏はそういう処置をしないのです。日本のほうが湿気高いから腐敗しやすいのにね。

こうしてガリガリになった僧侶は山を下り、木製の棺のなかに生きたまま入ったうえ、地下深さ3メートルの石室に埋められます。

なかではもちろん完全な断食。地上に通じる竹筒から酸素だけは供給されます。また反対に、埋まっている僧侶の読経が竹筒から聞こえてくるあいだは、地上の弟子たちも「ああ、まだ生きていらっしゃるな」ということが分かる仕組みです。

読経が止み、入定(=亡くなること)が判明すると、1回掘り起こして体勢を整えるそうですが、この時に腐敗していると失敗。ふつうに埋葬されてしまうらしい。(つら過ぎる)

上手いこといっていた場合は再び地中に埋め、3年3ヶ月という長い時間をそのまま放置し、また掘り起こして、お祀りするに至るそうです。

※ちなみに、明治以降、即身仏になる(作る)ことは、法律によって禁止されています。よい子はマネしないでくださいね! 

 

②なぜ即身仏になるのか

こっからが本題なのに、ま~た前置きが長くなっちゃったよ。即身仏になるまでの流れは私にとっての常識でも、皆さんにとっての常識ではないだろう……という判断はつくタイプのオタクなので、念のため長々と書くことに致しました。

……って、ま~た余計なこと書いて長くなっちゃった。さてさて、本題です。

即身仏になろうと決心した僧侶たちが修行するのは、出羽三山羽黒山

出羽三山は、3つの山がそれぞれ過去・現在・未来をつかさどっており、羽黒山は未来の役割を担っているそうです。

その山で修行し、その山のものだけを食べた僧侶は、羽黒山と同様に、人々の未来を祈り、願う存在になるのだとか。

即身仏はあの世に行かず、あえてこの世に留まることを選んだお方────

この世で修行を続けながら、人々の未来がより豊かになることを祈り、願っているのだそうで、お経も、亡くなった人にあてたものはあげないということでした。 

だからといって21世紀のこの時代に、目の前の人が「死んでいない」とは、ご住職も思ってはおらず、これは私の感想ではありますが、生と死を超越したような、またあるいは生と死の狭間のような、あるようでないような不思議な位置に、即身仏は座しておられるのではないでしょうか。

信仰と科学の狭間、とも言えるかもしれません。

ご住職によると「会いに行く(来る)」という表現が、もっともふさわしいと仰っておられました。 

 

……あっ、そうそう。大事なことを忘れてた。

未来をつかさどる羽黒山で修行したお2人は、(会いに行って)お参りをすると、願いごとを1つだけ叶えてくれるんだとか。

ただし、努力あっての願い事しか受けつけてはくれないため、「宝くじが当たったという人は聞いたことがありません」(by.ご住職)だ、そうですので、他力本願的なお願いは控えるように致しましょう。

 

……と、いうワケで、私は非常に面白いと思って聞いた、即身仏のお話でした。

面白いという感覚は人それぞれ。期待してたのにつまんなかったという人には「なんかごめん」としか言いようがないです。

まだまだ書き漏れた話もありますし、鶴岡市は南岳寺に安置された即身仏にも「会って」来たので、そのお話はまた次回。

聞いた話を間違えずに書いたつもりですが、もし間違っていたら私の記憶力が悪いせいだ。メモ取れよって話だよね~(取らない)(物書きとしてそういうとこほんとだめ)

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