山口夢Official Blog

物書き(小説家・シナリオライター)の山口夢です。

とりあえずラーメンの写真でも見といて

この数ヶ月ずーーーーーっと新作を書いてるんですけど、もうあと1時間くらい集中したら脱稿できるレベルのところまで来てるのに、

 

「これ面白いのかな??」

 

……病にかかっております。ひとりで書いてるとね、迷子になるんですよ。

これがまだ『そも恋』の続話とか、書き慣れてるゲームのシナリオであれば、ある程度コツや勘どころを掴んでるんで、あんまり不安にはならないんですけど。

まったくの新作は不安~~~~、さっさと書き上げちゃえばとりあえずは落ち着くのに、エンドマークをつけた瞬間「こりゃアカン……」って思うのが嫌で、筆が重くなるんですね。

この時間、完全に無駄なんだけどね!! 書き上がったら、案外名作かもしれないし!!(笑)

 

このまんまブログを書き続けていても「あ~~~~~~~」と悩む私の愚痴しか出て来ないんで、今日の昼に作ったラーメンでも見てください。

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ドラマ『きのう何食べた?』を観てから食べたかったサッポロ一番みそラーメンを買って作りました。

勉強のためにも、連ドラのほとんどは視聴してるんで。あれ美味しそうだったぁ。

ドラマとは違って、冷蔵庫に余ってた具材しか入ってないけど。

小松菜・パプリカ・しめじ・ベーコン・ゆで卵・小ネギ、サラダ用のフライドオニオンに、(付属の七味以外にも)一味とラー油、黒胡椒。

 

久々にめちゃめちゃ美味かった。

うちの実家(というか、私と母。父親は全般的に醤油派)も、サッポロ一番は昔からみそラーメン一択だったよ。美味いよねぇ、サッポロ一番

 

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毎日恒例の宣伝を挟みまして。

朝ドラ『まんぷく』を観ていた時は、狂ったようにチキンラーメンカップヌードルを食べてたし、この半年、インスタントラーメンの消費量がすごい。

どうしてくれんだ、連ドラたちよ。

私も連ドラの原作になるような作品を書かな(以下略)

 

これまた迷宮に入っちゃうヤツだから、今日はおしまい!!!!(※残りのページ勢いで書きます)

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読書とは、行為そのものがミステリーである―現代の悪魔とは何か―

また、作風とまったく合致しない話していい??

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昨日から、また新たな1冊を読み始めたんですけど、

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結局、2度挫折した『現代殺人百科』に再挑戦することにしました。やっぱり、中途半端になってるほうから片づけたいじゃん??

(※あ、ちなみに体調は良好です。今日はしっかり原稿も書きました)

 

で、昨日は(たぶん)熱もあったから、冒頭ちょろーっとだけ読んだんですよ。

そこにはこんなことが書いてあって。

ここで問題なのは、その人間(殺人者)の思考が魔術的思考に傾きやすいということである。【中略】彼はその思考に基づいて責任を押し付ける対象を選択する。そのスケープゴート(身代わりの山羊)の対象は集団のこともあれば、個人のこともある。

【中略】

人間はすべて自由でなければならないという思想に養われた曖昧な鬱屈感が社会に蓄積する。自分が自由でないとすれば、だれかにその責任を取らせる。言うまでもないが、日常生活では人間はすべて現実主義者であることを強いられる。生計をかせぐ。ほしいものを手に入れるために努力する。しかし、この回転がつまずくと自己憐憫のムードにたちまち落ち込む。まわりで身代わりの山羊を探す。

──『現代殺人百科』コリン・ウィルソン 

つまりどういうことかと言うと、自分の人生が上手くいかなくなった時、「くっそー、なんでだよ!!」と怒り、その、自分の人生が上手くいかない理由を、他人のせいにする。

他人とは、個人または集団、どちらの場合もあり、さらにもっと簡単に言うと、「俺の人生が上手くいかないはアイツのせいだ!!」とか「政治のせいだ!!」とか「社会のせいだ!!」と、要するに責任転嫁をするってことです。

それが、スケープゴート。身代わりの山羊。

社会や政治はまだ、まだかろうじて上手くいかない理由に関連はあるかもしれないけど、一切関連のないものに責任転嫁するパターンもあり、たとえば人種や国籍、性別、弱者に怒りを抱くこともある。

その、まったくもって論理的ではなく、飛躍した考え方を、本のなかでは「魔術的思考」と表現しているワケです。

 

ここで、つい最近まで読んでいた『恐怖の博物誌』の話に戻るんだけど、

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この書籍の基本は、「死や病気、事故、天災、飢餓など、人は説明のつかない恐怖に理由が欲しくて、いにしえより悪魔や呪い、幽霊、魔女を生み出した」という理論です。

「もぉ~っ、病気つらい! 苦しい! なんで私が病気なんかに!! 悪魔に憑りつかれてるんだ!!」みたいな??

 

この、『恐怖の博物誌』的考え方は、『現代殺人百科』が言うところの「魔術的思考」に通じる部分がありよなぁ、と思って。

現代人も死や病気、事故、天災からは逃れられないけど、なんだかんだいって、たいていの人には屋根つきの家があるし、飢えることも非常にまれで、死や病気やその他云々も、とりあえず自分とは縁遠いものだと信じている。

そんななか、現代人が1番怖いものって、「上手くいかないこと」なのかな、と。

(あくまでも戦争や飢饉で人がバッタバッタ死んでいた時代とは違い)ある程度の生活が保障された現代で、次に人は「成功」を夢見る。

『現代殺人百科』が書かれた1983年より、SNSというものが発達した現代では、(それがたとえ話を盛った見栄だとしても)周囲の人間がみ~~~んな成功しているように見えて、ちょっとの失敗も、大きな挫折のように思える、のかもしれない。

挫折は恐怖だ。

だからといって、無関係な人間を殺していいなんてことはまったくなく、じゃあ、私が何を考えているかというと、たとえばもし、現代人が挫折という恐怖をもとに悪魔的な「何か」に責任転嫁をするとして、それは一体なんだろう、って。

 

現代人は、どんな悪魔を生み出すんだろう。

 

まあ、現実問題として、今の時代は好みも考え方も細分化されてるから、膨大な数の人間が同じ思考、同じ妄想に憑りつかれてパニックを起こすことはまれなんだろうけど、物語のなかではそれが可能だから。

考えるだけならタダ!! そして、それが私の仕事。

『現代殺人百科』という殺伐とした本を読みながら、(やっぱりちょっと殺伐とはしてるけど)まったく別のアイデアを練っていたりするのです。

 

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毎日恒例の宣伝を挟みまして。

それにしても、『恐怖の博物誌』と『現代殺人百科』、まったく別の著者、まったく別の国で出版された本が、私の勝手な解釈だけど、ひとつに繋がった。

なんていうか……そもそも点と点とも思っていなかったものが、勝手に繋がって線になる瞬間ってゾクゾクするよね。こういう展開大好き。

知識が伏線になって、脳みそが勝手にそれを回収してくれる。

読書という行為そのものがミステリーだぁね。まったく予測できないミステリー。

いやぁ、楽しいなぁ。

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GW最終日に風邪を引くタイプの人間です、どうも

寒い。頭痛い。眼球も痛い。肩とか背中も痛い。ちょっと暑い。

 

どうも、風邪です。

基本的にゴールデンウイークなんて関係のない仕事をしている山口ではありますが、こういう間の悪いタイミングで風邪を引くタイプの人間なんですね。

「もんのすごくやる気のある日」か「大きな仕事を終えて、の~んびり好きなことをやってやろうという日」に風邪を引きがち。今日は前者ね。

ちくしょう、今日こそしっかり仕事しようと思ってたのに。

 

とにかく、カロリー気にせずガッツリ食べて、野菜ジュースも飲んで、あったかくして読書でもしようと思います。

先日、『恐怖の博物誌』を読了致しましたので、

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今日から『現代殺人百科』か『世界不思議百科』にトライする予定です。

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どちらもコリン・ウィルソン著、関口篤訳(青土社)。

『現代殺人百科』は2度の挫折を経て3度目のトライ、『世界不思議百科』は初のトライです。どちらも今回で読了を目指します。

コリン・ウィルソン氏の本は、『世界犯罪史』も5回トライして、ようやく読み終わりましたからね(笑)すごく細かいのよ、字が。

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これは『世界不思議百科』の適当なページを開いて撮影したものなんですが、コリン・ウィルソン氏の本は全部この仕様。

そして、500ページ越え。

今回は挫折しないように頑張るつもりではありますが、挫折しても怒らないでください(笑)この細かさ、この量だから。

 

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毎日恒例の宣伝を挟みまして。

ぼんやりしておりますゆえ、今日は短めに。

それにしても、夢見が悪そうで風邪が悪化しそうな本のチョイスだよね。明日には元気になって、新作の第3話と企画書をとっとと上げてしまいたい気分です。

では、また明日。GW明けは元気になってお会いしましょう。

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作者の趣味嗜好と作風は必ずしも一致しないものである(悩)

昨日一昨日と、

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日活ロマンポルノ、そして、『恐怖の博物誌』について書かせていただいたんですけど、ブログを始めて約半年、話題がニッチにニッチを究めた感じになって参りました。

 

このブログ、一応、私及び私の作品を宣伝するために始めたんですが、ブログの内容と作風があまりにも違うような気がしております。

だって、日活ロマンポルノとか『恐怖の博物誌』で私に興味を持ってくれた人が、きゃっきゃきゃっきゃしてるラブコメ漫画とか、アイドルときゃっきゃきゃっきゃ恋愛するゲームやってくれるとは思えないもん!!

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本日は、効果を狙って(笑)早めの宣伝を挟みまして。

私本人の趣味嗜好と、作風がまったく合っていない。

これが、最近の私の悩みです。このまんまブログを続けていても、やらしい話、売上にはまったく繋がらない予感がしています(笑)

まあ、ブログを辞めることはないんですけれども。

 

……っていうか、どうしてこうなっちゃうのかな??

作家本人の好みと作風が違う、あるいは、書きたいものと書けるものが違うことはよくある現象だと思うんだけど、私の場合、な~~~んかあまりにも違い過ぎるんだよね!?

基本、私は知識欲の塊で、(※広く浅くではありますが)ありとあらゆる書籍を読み、美術館や博物館に足を運び、古い映画を観て、落語や生の演芸にもなるべく触れるようにして生きてきたはずなのに、今現在、私がおもに書いているセリフが、

 

「おっぱい」

 

……

…………

………………

 

いや、なんでだよぉぉぉぉぉ。

古今東西の知識が、私の脳みそフィルターを通すと、なんで「おっぱい」になっちゃうんだよぉ!! お前の脳みそフィルターどうなってんの!? 目が粗いの!? 逆に細かいの!?

待て待て、目が粗いと知識がほとんどそのまんまでアウトプットされちゃうはずだから、これは網の目が細かいのか!!!! ってことは、目の細か~~~い網を必死に必死にくぐり抜けて、ようやく出てきたセリフが結局、

 

「おっぱい」

 

いや、マジでなんでだよ!!! なんでなんだよ!!! フィルターの目が粗くあれよ!!!

っていうか、ちょっと大げさに書いてると思ってるでしょ?? でも、たいして誇張してないからね??

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最後のヤツなんて最低でしょ。自分でも「最低だな」と思いながら書いてるんで、遠慮なく「最低だな」と言ってやってください(笑)

ちなみに、このセリフはすべて『そもそも恋は欲だらけ』の第1話から抜粋したものです。こちら、「めちゃコミック」さんにて独占先行配信中でございます。

sp.comics.mecha.cc

現在、第1話のほとんどを無料で読むことができます。会員登録必要なし!!

このように最低なセリフのオンパレードではありますが、とっても面白い作品にはなっておりますので、ぜひ無料分だけでも読んでみてくださいね!!

(ブログでの宣伝、効果あるのかなぁ:笑)

 

それにしても、この現象は一体どうしたことなんでしょうね??

もしや、学生の頃から「日活ロマンポルノ」が好きでよく観ていて、本来はその抜群の構成力、ストーリーの着眼点、キレッキレのセリフ……等を学んで吸収するはずが、私の脳みそフィルターを通したところ、「おっぱい」しか残んなかったのかな……。

だとしたら、脚本家の諸先輩方に申し訳がないわ!!! いや、ある意味ポルノ映画の感想としては至極真っ当なのかもしれないけど!!! 私はそこ目的で観てなかったはずなのに!!! 動物としての本能がそうさせたの……???

 

毎日恒例の宣伝……は、すでに挟んでしまったから、今日はこの流れで終了したいと思います。

昨日一昨日と結構真面目に書いちゃったんで、私のなかのふざけ虫が暴れ出したみたいです(笑)

私、脳のフィルターもポンコツだし、体のなかにふざけ虫も飼ってるんですよ。

困ったね、どうも。今後も本人の趣味嗜好と作風がかけ離れていく予感しかしないのです……むしろ、趣味嗜好のほうが偽りの私……???

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【物書きの本棚】さて、恐怖の話を始めようか。

やーーーーっと読み終わったんです。

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『恐怖の博物誌』イーフー・トゥアン著、金利光訳(工作舎、1991年)。

5年前に購入して、3回挫折して(笑)、このたびようやくの読了です。

これ、以前も言いましたが、3回の挫折はすべて冒頭で、今回は気張って冒頭を抜けたところ、第3章あたりからめちゃくちゃに面白くなりました。毎晩、寝る前の30分が楽しみだったよ。

 

こういった学術的書籍のいいところは、「歴史的にこういうことがありましたよ」「こういう調査結果がありますよ」と、ひたすらにデータを並べて、「だから、こういう考え方ができますよね」という、一応の答えは出してくれるけど、「何を感じるか、考えるか、それは結局あなた次第ですよ」と、最後の瞬間には投げっぱなしにしてくれるあたりです。

いい感じに脳みそを掻き回してくれます。考えるキッカケをくれるというか。

 

で、この『恐怖の博物誌』、タイトルのとおり「恐怖」という感情にスポットを当て、「長い歴史のなか、人は一体何を怖がり、何に怯えてきたのか」「今後、恐怖はどのように変遷していくのか」を、基本的には歴史の流れに沿って解説する書籍です。

1番最後の訳者あとがきを読んで知ったんですが、日本語訳の出版は1991年でも、実際に書かれたのは1979年なんだそうです。ちょうど40年前。

40年前の書籍なのに、40年後である現在にちゃんと通じるものがある、素晴らしい1冊です。

 

人は昔から、死や病気、飢餓、天災、暗がり、他人の悪意、などなど、いろんなものを怖がってきました。

急に病を患ったり、なんの前触れもなく地震や洪水に襲われたり──理由が分からないと、もっと怖い。

だから人は、悪魔・幽霊・魔女・祟り・呪い、などなど、何かともっともらしい理由をつけて、恐怖を和らげようとしてきた、というのが、『恐怖の博物誌』のベースに流れている考え方です。

人間、住んでる場所が日本だろうがアメリカだろうがアフリカだろうが、恐怖を感じる対象はだいたい似たようなもんで、恐怖を下地にして信仰や儀式が作られるのだとすれば、遠く離れた国々に、似たような神話や文化が生まれるのも納得だな、という1個の答えに行き着きました。

たとえば、太陽信仰とか。

太陽が出ると、作物いっぱい育つもんね。飢える必要がないもんね。恐怖から救ってくれる「神様」が、世界各地で「太陽」になるのも分かるーーーっていう。そんな流れ。

 

創作の世界に生きていると、「うはーーーーっ、アイデアかぶったーーーー!!」みたいなことがよくあって、「人間、誰しも似たようなことを考えるもんだなぁ」なんて不思議に思ったりもしていたけど、結局、どこの国・どの時代の人間も根本的な部分に共通点があって、それをベースに創作をしていれば、同じアイデアが浮かぶのも当然ですね、と、妙に合点がいった次第です。

 

とはいっても、各国・各時代により、感覚の異なることもおおいにあって、今回『恐怖の博物誌』を読んでいて、時代的な誤差を強く感じたのは、「死」と「暴力性」の部分でした。

どんな時代、どんな国でも「死」は怖い。それは一緒。

しかし、現代の日本は長寿大国であり、ねずみ1匹の死骸も町に見当たらないような、「死」から切り離された環境が整えられています。自殺者は多いし、災害も多いけど、極端な話、死体がその辺に転がっていて、長いこと放置されるような環境ではない。少なくとも。

ところが、数百年前は違っていた。

これは『恐怖の博物誌』に書かれていたヨーロッパの話ですが、町のあちこちに絞首刑をおこなう絞首台があり、刑の執行日は見物人であふれ、罪人に石を投げながら飲んで騒いで、ちょっとしたピクニック気分だったそうです。

しかも、絞首刑に処された死体はそのまんま朽ちるまで放置され、その下でもやっぱり宴会を開いていたんですって。

そして、これはヨーロッパに限った話ではなく、日本でもはりつけやさらし首が刑としておこなわれていた時代があったワケで、冷静に考えると、めちゃくちゃ怖くないですか?? 切った首が街中にずらっと並んでるんだよ??

いや、嘘でしょ。一体全体、昔の人は正気なん!?

 

……と、思うけど。

 

医療の発達していない当時、「死」は今よりも、きっと身近なものだったんでしょう。

あっちゃこっちゃで戦争もあるし、「死」へのハードルが低かった。

自分が死ぬのは嫌だけど、他人が死ぬことには慣れている。そうなってくると、「死」の手前にある「暴力」へのハードルもだいぶ下がる。

だって、その辺に死体がぶら下がってたり、戦争で殺し合ってたら、「ちょっと殴ったり人に石投げるくらい別にいいじゃん」ってなるでしょ。ふつーふつー、みんなやってる、って。

まあ、つまり、慣れって怖い。

 

たとえば、時代モノを書くときに、このあたりの事情を現代日本人の物差しで測って作品にするのは危険だな、と考えを改めました。

現代人には異常でも、時代によってはそれが正気。

 

では、法が整備され、「人権」というものを尊重し、「死」とはおおむね縁遠く、安全安心な社会に生きる(おもに先進国の)現代人は、「暴力性」を失ってしまったのかな?? どうなのかな?? 肉体的な暴力から精神的な暴力へ移行して、SNSにおける「炎上」や「叩き」が生まれたのかな??

……なんてことを考えながら、『恐怖の博物誌』を読了しました。それが昨日。

 

で、今日ですよ。

Twitterを開いたら、トレンドに「自殺の動画」だのなんだの、物騒なワードが並んでいて、大阪のビルから飛び降りた女性の動画が拡散されていました。

ビルの下でスマホを構える人たちや、わざわざ動画を撮影して拡散するような人間に非難が集まり、「現代人のモラルが低下している」等、さまざまな意見や見解を目にしましたが、昨日『恐怖の博物誌』を読了したばかりの私には、どっちかというと、法や秩序にのっとり、澄ました顔で暴力とは無縁の生活を送っているような現代人も、絞首台に群がっていた頃の民衆から、たいして進歩してないんだな、と、映ったワケです。(※自殺と刑罰を同一視しているのではありません。念のため)

情報を拡散する技術が発達しただけであって、絞首台そのものに群がるか、ネットの動画に群がるか、やってることはたぶん一緒。

「動画を拡散するのはやめましょう!」という動きがあるだけ進歩しているのかもしれないけど、そういった議論を経て、絞首台も廃止になったワケだから、結局200年くらい進歩してないことになってしまう。

っていうか、絞首台に群がることのできる人間に限りはあっても、動画は実質無制限であって、よりタチが悪くなっている可能性もある。

 

「技術の進歩」と「人間性の進歩」って、私が思っていたよりも、だいぶかけ離れちゃってんのかな、と感じた1日でした。

技術の産みの親である人間が、子どもであるはずの技術にまったく追いつけていないのかもしれない。悲しいかな。

たぶん、人間がぶっちぎりの周回遅れです。

 

人は、自分や自分の身近な人に危害が及ばない安全圏にいる限り、その外で起こる「死」や「暴力」に、今も昔もスリルやエンターテインメント性を感じがちで、そういった、人間の根本にある欲望みたいなものを埋める目的もあって、いにしえより演劇や文学が、現代には映画や漫画が存在しているんだと思うんですよ。

澄ました顔で生きるためのガス抜き的な。

企画会議なんかでときどき言われるけど、「冒頭5分とか冒頭5ページにエロか暴力を入れて、刺激的にしてもらわなきゃ困ります」って。「そうじゃなきゃ売れません」って。

これは、根本はおそらくたいして変わっていないのに、より節度を持って生きることを求められる現代人が、より強烈な刺激のガス抜きを欲している、という証拠なのかもしれません。あくまでも仮説だけど。

結局、人間には恐怖に怯えつつ、恐怖を求める本能があって、それはもう本能だから否定はしないにしても、そのあたりの欲望は、架空の世界で満足させてあげられないもんかな、と思うのです。現実とはきっちり線引きをして。

人の死をエンタメにして許されるのは、純然たるエンタメのなかだけではないだろうか。

1周先を行く技術を使いこなせるだけの人間力が、今、求められているような気がしてならないのです。

 

……あ~~~~~~、今日はのんきに宣伝を挟む気分じゃなくなっちゃった。なんか最後偉そうな感じになっちゃったし。タイトルと着地点も違い過ぎるし。どうもすみません、なんでこうなった。

私が気になった人は、Twitterなりウェブサイトなり、ご自由にご覧ください。

基本は頭の悪いことばっか言って、頭の悪いことばっか書いてる人間です。あしからず。

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満を持して「日活ロマンポルノ」の話でもする??

昨日、仕事を辞めようと思っていた話を書いたんですけど、

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めっちゃアクセス数伸びたのなんで??(笑)

えっ、私が仕事辞めたいことにそんな需要ある?? それとも、同じように仕事を辞めたい人がたくさんいて、共感を求めてこんな辺鄙なブログまで遊びに来てくださったのかな?? ごめん、結局辞めないって話だったんだけど。

3日に1回は仕事辞めたくなるマンだから、3日に1回仕事辞めたくなるブログ書こうか??(笑)

 

冗談はさておき。

せっかくアクセス数が伸びてきたところだし、満を持して大好きな「日活ロマンポルノ」の話でもしようかな?? 

とはいっても、私は単なるファンであって、日活ロマンポルノを学術的側面から詳しく分析するようなことはできないんだけど。概要はWikipedia見てね、っていう。

ja.wikipedia.org

(※ちなみに、18歳以下が読めないようなことは書きません。はてブロそういうの禁止だからね。あくまでも映画史的側面のお話をするよ)

 

Wikiを読むのが面倒な人へ簡単に説明すると、テレビの普及で映画産業が傾き始め、どこの映画会社も「ヤベェな」という状況に追い込まれました。だいたい1970年前後のことね。

今、ネットの普及でテレビが崖っぷちになっているのと似た状況です。

メディアやエンタメは、いつでも後発の新しいものに追い詰められる運命のようですね。そして、どの媒体も、そこから生き残りをかけた起死回生の一手を考える。

 

日活は、その活路をポルノ映画に見出しました。

 

会社が「ポルノ映画を作るぞ!!」という方向へ舵を切った時、監督や脚本家などのスタッフ、俳優さんのなかには、「んなもんやってられるかッ」といって、辞めていった方もいたという話を聞いた覚えがあります。

当時、スタッフや俳優は、各映画会社に所属していたんですね。

だから、「やってられるか!」となったら、みんな辞めちゃう。とりわけ会社の方針に反発を覚えた大御所のスタッフたちが辞めてしまい、そこでお鉢が回ってきたのが、助手ばかりやっていて日の目を見ることのなかった新人さんたちだったんです。

 

「俺たち、いつになったら監督(脚本家)としてデビューできるんだろう……」と、くすぶっていた新人に、突如として舞い降りてきた千載一遇のチャンス。

しかも、ロマンポルノはルール(※例「映画の長さは70分程度」「10分に1回はポルノ映画的シーンを入れる」等)さえ守れば、あとは「おおむね自由に作っていい」という、クリエイターとしてはゾクゾクしちゃうような特典つき。

極端に言っちゃうと、昨日までデビューの兆しすらなかった人間に、いきなり作りたいものを作りたいように作れる環境が与えられるんですよ!? 嬉しくて吐くよね!?(笑)

 

私が「日活ロマンポルノ」に初めて触れたのは、月刊『シナリオ』別冊『作家を育てた日活ロマンポルノシナリオ選集』なんですけど、

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これが、震えるほど面白かった。

チャンスを決して逃すまいとする熱意というか、「絶対に面白いもんを作ってやる」という意地というか、自由に書ける喜びというか、いろんな感情が渦巻いていて、まあまたしても簡単に、というか、今ドキっぽく言うならば、超熱い。マジ胸熱。

いやぁ、一時期ハマッて毎日のように観てたよね。

当時の私は技術なんて全然なかったし(※今もあるというほどのものでもない)、同じ「新人枠」に自分を入れるなんておこがましい話ではあったんだけど、広~~~い意味で同じ新人であった脚本家の先輩方から学びたい気持ちがあったんですよ。

 

あ、新人だからって決して技量がないワケではなく、日活という映画会社で有名監督・脚本家のもと、きっちり修行した人たちばかりだから、いろんな事情を抜きにしても、シンプルに作品が面白い。

また、「ポルノ」という大枠の共通点があるにはあれど、サブジャンルがとても豊富。

芸術的な作品から、時代劇、コメディ、サスペンス、ハードボイルド、学園モノ。いろいろあって、本当に飽きない。約1時間で1本観られるのも、お手軽でいい。

久しぶりに、また観てみようかな。今ちょうど時間的に余裕もあるし。

 

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毎日恒例の宣伝を挟みまして。

満を持して語ろうと思ったけど、やっぱ1回では語り尽くせませんでしたね。好きな作品の話なんか1個もしてないし。

皆さんがよ~~~~く知っている女優さん・俳優さんも、「日活ロマンポルノ」に出演していたんですよ的、マメ知識も全然披露してない。

 

なんといっても、私、「日活ロマンポルノが大好きなんです!!」と、あちこちで言って回っていたら、日活ロマンポルノを代表する監督のひとり・曽根中生氏にインタビューをさせていただく機会に恵まれたんですよ。お亡くなりになる少し前のことでした。

嬉し過ぎて吐くかと思ったよね。

その流れで、これまた日活ロマンポルノを代表する脚本家のおひとり・桂千穂先生にご挨拶する機会もあったんですけど、緊張し過ぎて吐くかと思ったよね。

なんたって、私が1番最初に観て感銘を受けたロマンポルノ『暴行切り裂きジャック』の脚本を担当した御方なんですよ。

(※この作品、とんでもなく素晴らしくて私は感動したんですが、観る人をだいぶ選ぶ映画です。ご覧になる場合は自己責任でお願いします。スプラッター要素強めです)

好きを言いふらすのって、いいもんですね。憧れの人に会えたりします。吐きそうになるけど(笑)

 

そのあたりのお話は、またいずれ別の機会に。

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今朝とうとう仕事を辞める決心をつけたのに

まあ、言っちゃえばフリーランス的いつものヤツなんですけど。3日に1回は「この仕事辞めたほうがいいのでは!?」って思ってるし。

 

ただ、今5年ぶりに暇だから、ちょっと余計なことを考えやすくて……「ちょうど仕事ないし、いっそ就職したほうがいいのでは!?」とか、いろんなことを考える機会が多かったんですね。

うんまあ1ヶ月くらいグズグズ考えてましたよ、昨日一昨日と「漫画原作の書き方」とか偉そうに語ってたけど、内心「仕事、辞める……??」って悩んでましたよ!!!?

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まあ、実際問題、連載持ってるから辞められないんだけどね(笑)

こんなに思い詰めるパターンは、3日に1回じゃなくて、2年に1回のヤツですね。久しぶり!! 重めの私!!!

 

で、そんなこんなあって、今朝いよいよ「辞めよう!!」「どうせ才能なんかねぇし!! このまんま無名で死んでくだけだし!! 辞めよ辞めよ、ふつーに就職して安定した生活を得よう!!」って、朝シャン()しながら決意したんですけど、

 

「もういっそ携帯の番号も変えて、SNSも一切退会して、そんで……」

「……」

「…………」

「…………!!」

 

……というタイミングですんばらしいアイデア思いついた私は、こけつまろびつ風呂から出て、類似作品が存在しないか、スマホでザザーッと検索してたよね。

幸運なことに類似作品もなく、タイトルからキャッチコピーから一気にひらめいて、「イケる……!! 絶対企画会議通る!!」まで思い至って、それから、

 

「辞めるとは……??」

 

と、ハッとした次第です。

決心して、わずか2秒。

 

売れる売れないに関わらず、私は骨の髄までクリエイターが染みついているようです。悲しいかな。ほんと悲しい、ある意味、ね。

なんなら、いいアイデア思いついたーっ!! の勢いで、「面白いって何?」「これつまんなくない??」と、迷いに迷って全然書き進められなかった新作に、エンドマークつけられたからね!?

 

さらにさらに、エンドマークつけられた喜びで、

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かんぱーーーい!! って、近所のずーーーっと気になってた店に飲みに来てるからね!? 超愉快だからね!?

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毎日恒例の宣伝を挟みまして。

結局、私はこの世界から足を洗う()ことができず、生涯ものを作ってないと生きていけないんだろうなぁと思っています。因果だね。

まあ、結局3日に1回は辞めたくなるんだろうけど、明日も新作の続きを書いているワケです。たぶん元気に。

……ってか、明るい結末がなきゃ、こんなブログ書いてませんよーーーだ!!! 作者の暗い心情なんて、作品を読むにあたって邪魔なだけでしょーが。

明るくいたいんだ、たとえそれが虚勢であっても(最後気になる感じで終わるヤーツね)

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